779 :潜水士 ◆MK4bj1r2OY [sage]投稿日:2005/09/07(水) 23:08:34 ID:Fd07oBFy0[7/9回(PC)]
 私の家の菩提寺(檀那寺)では、お盆の終わり頃(8/15前後)の早朝に 
浜辺で護摩を焚くという風習がある。 

 私が高校2年生の時、家族を代表してその護摩焚きに参加した。 
 まだ夜の明けきらない朝の5時。浜辺に着くと、既に和尚さんと数人の 
檀家さんが手を合わせながらお経を上げていた。 
 私も護摩壇の前にお供え物をして、手を合わせた。 
 抑揚のない読経と一定のリズムを刻む木魚、優しい愛撫のような波の 
音、そして不思議と心落ち着く護摩木の爆ぜる音。 
 まだ暗い中でそれらに耳を傾けているうち、眠気も手伝って、私はポゥ 
ーっと気持ち良くなってしまった。いわゆる”トランス状態”に陥ったのだ 
と思う。 
 東の空が白み始めて、水平線の彼方から太陽が顔を覗かせたその時、 
呻き声が聞こえた。周辺を見渡すと、薄暗い波間に人影が浮んでいた。 
「いいなぁ、あったかいなぁ。あぁ、あったかいなぁぁ……」 
 うらやましそうな声を上げている、あの人は誰だぁ? 
 私はぼんやりとした頭のまま、波打ち際までフラフラと歩み出た。すっか 
り気持ち良くなっていて、何の警戒心も湧いてこなかった。


780 :潜水士 ◆MK4bj1r2OY [sage]投稿日:2005/09/07(水) 23:10:40 ID:Fd07oBFy0[8/9回(PC)]
 突然、後ろから肩をグイッと掴まれる。その衝動で我に返った。振り返 
ると、檀家さんのひとりがいた。 
「引きずり込まれるから、後ろに下がりなさい……」 
 強面でそう凄まれ、私は言われるままに後ろに下がった。 
 和尚さんの読経の声が、まるで誰かを叱りつけるように激しく厳しくなっ 
た。そして”鈴(れい)”というハンドベルのような仏具を何度も何度も振り 
下ろして、耳をつんざくような高音を周囲に響かせる。 
「あぁ、あったかいなぁぁ…… あったまりたいなぁぁ……」 
 太陽が昇っていくに連れて周辺は明るくなり、逆光ながら人影の正体が 
表れた。 
 それは、人の腐乱死体だった…… 
 体じゅうの皮膚は爛れていて、あっちこっちについばまれた跡がある。 
 頭髪も、少しまだらに残して粗方抜け落ちてしまっていた。 
 そして右脇腹には、鋭い刃でえぐり取られたかのような大きな裂傷があ 
った。脇腹からヘソの辺りまで体の半分がザックリと斬れていて、思わず 
目を背けてしまうほど禍々しかった。



781 :潜水士 ◆MK4bj1r2OY [sage]投稿日:2005/09/07(水) 23:11:46 ID:Fd07oBFy0[9/9回(PC)]
 太陽が水平線から昇りきると、腐乱死体の影が徐々に薄くなっていく。 
「あぁ、あったかぁい…… うれしいよぉ…… ありがたいよぉ……」 
 そう言い残して、腐乱死体は消えてしまった。 
 和尚さんが読経を終えて、私たち檀家に一礼する。 
「えぇー、皆様、朝早くからご苦労さまでした。もうお気付きだとは思いま 
すが、今年の春ごろ、この海で水難事故に遭われた方がいらっしゃいま 
して、その方の初盆になります。そのため、今年は特に渾身渾霊をこめ 
まして、お経を上げさせていただきました」 
 場は散会となり、私に注意してくれた方が「さっきは驚かせてしまって、 
済まなかったねぇ」と声をかけてくれた。私は恐縮してしまった。 
「俺も初めて実物を見たんだが、海で死亡事故があった年の盆には、死 
んだ奴が迷い出てくるって話なんだわ。何でも、人肌の温もり恋しさに他 
の誰かを海へ引きずり込もうとするらしくてなぁ……」 
 私はその方に篤くお礼を言って、その場を辞した。 
                                       終わり